Sion“東京ノクターン” (ASIN:B0009E2RR6)
Sion福山雅治“たまには自分を褒めてやろう”(ASIN:B0009EVG96)


まずはベスト・ディスク。いろいろありましたが、最も光っていたのはSionのBMG移籍第一弾アルバム“東京ノクターン”ではないでしょうか。
ここ数年、鉄壁のサポート・バンドであるThe Mogami(Gt. 松田文、Gt. 藤井一彦 from The Groovers、Ba. 井上富雄 ex. The Roosters、Dr. 池畑潤二 ex. The Roosters、Key. 細海魚 from Heatwave)とのバンド・アンサンブルを追求していたのですが、今回はそのThe Mogamiの各メンバーを各としつつ、福山雅治バンドらをゲストに迎えたアコースティック調のアルバムに仕上がってました。

中でも9曲目、細海魚氏がプロデュースした“Darling”。これには実に驚かされました。編曲はもちろん、全ての楽器を細身魚氏が演奏して、それにSionが歌を乗っけるという、ある意味「魚ワールド」が色濃くで出そうな楽曲なのですが、驚くほどSionらしい、アコースティック・アレンジの王道的なアレンジになっているのです。
魚氏といえば、ノイズ・アンビエント系では世界的なアーティストですし、Heatwaveではその“ヴチュヴチュ・・・”といった不気味な音色のシンセをうまい具合に楽曲に当てはめてポップな雰囲気に仕立て上げているあたりが氏の個性なのですが、この楽曲に関しては、それ以外の部分、アンプラグドな魚氏の魅力を凝縮していると言えるでしょう。

メインの伴奏楽器はアルペジオ、フィンガー・ピッキング奏法のアコースティック・ギターを数本重ねて、生かシンセかはわからないけどかわいらしい鐘の音、それにうっすらと少々もっさりした感じのリズムといった構成のアレンジで、アンビエント・ノイズはもちろん、アコーディオン等の「いかにも鍵盤」といった音色が入っていないのです。最初、ブックレットを読まずに聴いた時はてっきり松田文氏のプロデュース、ギターだと思ったのですが、これが魚氏の手による編曲・演奏だと知ったときには本当に度肝を抜かれました。

そういった意味で、魚氏のヒストリー的にも注目に値する一曲ではないでしょうか。ぜひともノイズ・ミュージシャンとしての魚氏のファンはもちろん、Heatwaveファンにも注目してもらいたい楽曲です。

そして、このアルバムで過去と大きく違う点が「本気で売ろうとしている」ところ。
前述の通り、福山雅治バンドをゲストに迎えたわけですが、今回シングル・カットされた“たまには自分を褒めてやろう”は何と“Sion福山雅治”名義でのリリース、ジャケ写はSionと福山氏が並んでいる写真、初回盤はDVD付、タワレコHMV新星堂など、主要レコード・チェーンではポスター付、音楽誌のみならずanan等の女性誌にも広告を出稿、めざましTVなど、ワイドショーでも紹介!という、これまでではありえない待遇でありました。

福山氏のコラボレーションに関して言うと、元々福山氏がSionの大ファンでシングルのB面やラジオの弾き語りコーナーでCoverしていたりして、Sionとも親交が深かったので、同じレコード会社となった今、ある意味必然的な合作であり、変な商売根性から出てきたものではないのが非常に嬉しい所であります。

楽曲的にはSionのヴォーカルがメインで、福山氏のヴォーカルは少々微妙な音量、つうか、完全にただのコーラス程度だったりするので、Sionファンとしては福山氏のファンが「詐欺だ!」とか怒ってはいないだろうかと心配だったりしたのですが、あにはからんや、ネットを検索してみると、濃いい福山氏のファン層を中心にSionという存在はけっこう浸透していて、予想外に好評なようで安心しました。

それでいて、この“たまには自分を褒めてやろう”、楽曲の完成度が実に高い!移籍第一弾シングルに選ばれただけのことはある、実に良い歌詞だと思います。


『たまには自分を褒めてやろう』

お前もよくやってると
 たまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう
  くさらず頑張っていると
   たまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう


相変わらず俺の頭はガキで
 大げさに天国と地獄を行ったり来たり
  動く歩道を反対から歩いている感じだ
   いくら歩いても進まない


だけどあなたの一言で
 俺はどこまでも行ける


お前もよくやってると
 たまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう
  くさらず頑張っていると
   たまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう

words by Sion

私は基本的に、「前向きな歌」というのは嫌いです。何がイヤかって、たいがいにおいて、その前向きさは「ポジティヴさを担保する知性」「条件設定としてのダウナー感」がころりと欠落しているあたりに能天気さと胡散臭さを感じてしまうのです。

この歌詞の何が素晴らしいって、平易で重苦しくもない、ふつうの言葉で、強烈な絶望感と、そこから這い上がるための自家発電的希望を言い表している点です。

例えば「自分を褒めてやろう」これだとなんだか能天気な感じがします。なぜに自分を褒めるのか? <ガリ勉してテストで満点取ったぜ!エヘン!> なんていうハナシであれば、効率的に満点取った奴が偉いんじゃ、身の程を知れ、ドアホ!とでも言ってやりたくなります。 <勉強なんかほとんどしなかったけど、たまたま東大受かっちゃったよ、さっすが俺!> なんていう事例であれば、ムカっときて、真空飛び膝蹴り+握りっ屁の刑じゃ!と言ったところでしょうか。

これに「たまには」という副詞がくっつくことにより、その文章の雰囲気は大きく変化します。「たまには自分を褒めてやろう」前提としての絶望感、そこから這い上がろうとする期待感。たった一言でこんなにイメージが広がり、歌詞の信憑性は強固になるわけです。
そして「ちゃんと」。「たまには自分をちゃんと褒めてやろう」。自分を褒めるにしたって、根拠がなければそれはただのお題目に過ぎず、何かあった瞬間、褒めることで作り出した自信はガラガラと崩壊するでしょう。しかしながら、「ちゃんと」という言葉、きちんと自らを客観視し、他者と相対的に比べることによって自らの強みを再確認して自信を持つんだ、という知性をこの一言が担っています。

「たまには自分をちゃんと褒めてやろう」。実に素晴らしいフレーズではないでしょうか。

シングルは福山雅治バンドとのセッション、アルバムはSionの弾き語りが収録されています。どちらも素晴らしいのですが、個人的に最もグッと来たのは6月11日、日比谷野外音楽堂のライヴにて披露されたThe Mogamiによるバンド・アレンジでした。松田文氏と藤井一彦氏によるアコギがSionのヴォーカルとぴったりマッチングしていて、The Mogamiだからこそ提示できた、最高のアンサンブルでした。機会があれば、Sion & The Mogamiとして再度レコーディングしてもらいたいです。